だれのこころにもない物語


あした どこへもいかない
あした 光を裂く
少女の透ける手の甲を歌う
飛びこみ台のくるぶしを歌う
少女が首筋にあてる、氷の影
舌にあまる言葉なら、じゃあ胸に抱いて
恥ずかしげもなくそれを恥じて
ひとの薄い鎖骨を映していた、がらんどうのマイホームの白壁
ぼくの友達は風に消えるしろい狐 木立を背に宙返りする
まなざしは欲望だから、仕掛けのある貝細工で混線させて
ぼくの恥がどこへもいけぬように
この街を閉鎖する
他人の歌は、不自由な鍵
背にあまる文字の一行の行長を、砂時計の黒檀のフレームにうずめ、時砂に火を放つ
咳や痰のつまる砕けた宝石の粉で建てた蟻の巣を暴いて
ソング・フロム・ザ・サイレントランドから搾る水色の油を地上に張る
溢れていくまっしろなアドバルーンがきらいなひとをぜんぶ殺しますようにと
想う喉笛の一角を恥じ入る言葉が柔らかなサンダルの底に突き刺さって
(夏のひかりのように)少女は一角獣の背の、しずかな湖のように緩まる毛並みの雪崩れる丘へ、劫初の潜水の一蹴りを、打つ
なんて こころの屑 なんて うつくしいこゆび
背中の大きな痣を恥じて、麦藁帽を首にかけたままの少女がプールサイドから手を振るとき、帽子が風にめくれて、片翼の天使の生まれ、あの日には、ぼくにもそれがみえた
(だれにでもみえたんだろう)そこで 憧れを閉鎖する
そのかなしさに渦巻く迷路を、ぐるぐる回ったままjulyからaugustまで、aprilからmayも、なにも、かも
鈍磨していく太陽をとおくに果てた 果てで、みていた
ハツカネズミの白に胸を殺がれていた
あした
ぼくが、ぼくの他人になる (という通信)
背中で手紙を受け取るのは、ぼくがインクジェットで傘に描かれた頭とデッサンの狂ったらくがきだから
くちびるを血だらけにしているのは、憎しみのないくち裂け少年だから(わらえる)
「みんなに笑われてるよ」「っざけんなよ」
なんて、声に出してなにを、読んでいるのそれが、胸にあって動かせない詩だとして
憎しみを周る衛星がトゥシューズの反射光で華奢な椅子を組み上げる神話の時代の羅針盤上で、擦り傷だらけの細い針を、挨拶なしで噛み砕いている
「粉々にしてやるさ」と負ったのは少女の手前のぼくで
今頃はずたずたの魂だけで、天竜川の下流で、ヴァイキングと遊んでいるのさ
助けになんかいかないよ、夢を見る島の盾で守って、数語のなかに絶命する
絶滅してさ、安心するんだよ
ぼくが、ぼくの敵だから 負った言葉に負けていくのを、言葉の草陰で笑う
なぜ、ここにいるの
あなたのことも、だいきらいだよ、それなのに
いつも
ねえ、
母さんが教えてくれたんだ、
ぼくの肺は昔、空行を飛び跳ねる赤ちゃん星だった
背丁の剥げたいちばんみじかい短篇集の生、湿気で波打ったその朝焼けのどまんなかを
魂とからだで、一緒に越えたことがあるって、聴いたんだ
歌はほんの少しだけ、かぶさる蝶の重みで揺れて
音のしない鈴がドアノブにずっとかかっていた
ぼくは目をつぶったままそれを二回揺らして、それっきりの答えを、母さんに教えていた
「なぜじぶんは、ここにいるの」胸をさわって、ゆびさして、声だけがずっと喉に詰まっていた
ゆるゆるの彗星、だれにも会えず、燃ゆるおもいは、燃ゆるまま
夜空より暗い肺の内を擦る逆上がりの流星群になって
瀕死のぼくの魂が、ぼくの喉笛にこぼれた声を突きつけている
この星空のなかでどうか助かりたかったから
「あのカセットテープは引越しのトラックが持ち逃げしたよ」と最低の嘘をついて
「長距離トラックの行き先はベルカンサスだからいつでもあの歌は青い雪に埋もれている」とシナプスの泥に塗りこめていく
じぶんの足をセメントで固めて、会ったこともないルパシカにも、すぐ見破られる嘘をつく(クシチカにも)
ああ!
いつでもきのうに書かれ続けるカラムの光にアンブロークンの花を手渡しすることが創作だ
読めばわかる
行分けは雪解けの形式だ
いま書いているこころ
だから
世界は
こころにもない物語
満ち欠けの未知を
駈けてゆく、乾かない時砂でどろどろの道
日々はひびわれた砂時計のフレームの外の光景 黒檀ではなく、骨肉で包む世界史の外の光景、少女が劫初からの蹴伸びをつづける、ひとりっきりのプールの点景、ぼくは底へつづく肢をえらんで
しろい狐の血の道を歩いていくとき
ちいさな友達はどこで死んでいるの?だれも知らないからつづきを書く
喉から漏れる凍った鉛の河をひなげしの遊覧船が支脈のレール(音階)を外れて蛇行しながら破いていく
猛然と
サンダルの底に突き刺さって
あした 踊れない、どこへもいけないから きょうから 光を裂く
蒼穹蒼横線真弓の駅で、矢になって降りて
だれかのこころに声が、昏睡の窓辺を透り、殺せるような弓矢となって、肺を解くほどに刺して
雪崩れる丘へ、潜行の一蹴りで、死生のなりたちを、ゆれる鈴ほどのしぶきに換える
なんて こころの屑 なんて うつくしいこゆび
うつくしい 飛びこみ台のくるぶし
(少女の生まれが、あのサイレントランドなら、ぼくは朗読なんかしてやんない、ぼくはどうでもいい、いなくなればいい)
二畳半のアパートに声たちが転がしたままの原寸大の恒星の彫刻をナップザックに詰めたなら
一角獣の心臓に飛びこんで、その果てなく血みどろの空へ、たかくとおく太陽を浮かべにいく
どうせ同じ空、めくれば同じあした 内も外もない、これがぼくの言葉
舌にあまる言葉ならば、それじゃあ胸に抱いて
こころにもない物語を
だれのこころにもない嘘で、ぼくはぼくの声たちと、抱きとめあう 自重で肋骨を潰す世界のなか
ぼくは、ぼくの他人
ぼくが、ぼくの敵
一角獣の心臓に刺しこんだ針の表裏のふたり、少女に訊いたそれっきりの答えを待てずに、あした 殺しあったら出ていく
夏の雪道を、冷たい洞の奥に敷いて、想うことばを滑りながら
こころにもない(あるはずのない)
光へ飛びこんでいく
激しい一蹴りで少女は砂時計を粉々にして、水のなかへと踊る
それが答えだとはいつまでも知ることのないぼくの魂とからだのふたり
しょうもないね、
殺しあっても、また朝
同じ、インキで汚れた指の腹で、あしたを越えるきょうの窓を開け放ち
だれのこころにもない、一回性の夏の光を、
「肺が焼けるほど」なんて柔な冗談で、ほんとうに焼き切りながら
恥ではなく、互いのために、深く大きく、
とりもどしようもなく肺を傷つけながら
またふかくおおきく、息を吸いこむ