バハマ


僕は知らない
バハマの夢を見ている
友達のフランスTシャツが透き通って
風の色をしている
きみの願いを叶えてくれる広告塔は折れればいいや
音をたてろ
崩れていけ
輪になった手を離して
酸性の唾が溶かす、地下壕のあたりで落ち合う
きみはコスモスのでっかいコサージュに青い紐をつけて
足首に括りつけていた
走る姿は神話のように
宇宙になって
全天を方眼紙へ墜とすきみのでたらめな遁走!
晴天を包含し底で白むきみの紅さすほっぺ!
僕は並ばない
友達にはサフランが見えていない
友達は五人ぐらい
みんなシドニーにいる
きみの首に結わえたリコリスが雀の声で軋む朝
じぶんの荷重と差し引いて、きみは風そのものになる
風邪っぴきということではなく
よーいどんの号令になる、そして
共依存の亡霊になる
カラスの眼をした波乱の市が街街角に煙立ち
中毒薬についてのスライドを、見せたり引いたり、幾筋もの影が立ち昇る
白い足首から腿にかけ、細い手首から首筋にかけ、黒い略地図を裏書きする、みんなは苦しむ
みんなは苦しむ
僕は知らない
僕は並ばない
ねえきみ、リコリス、わかってくれるか
これは裂け谷のライブハウスで観た、僕のバハマの夢
わなビー、おーライ、英検、それでも大丈夫
細々とした紐で生活を括るキューさ!
かなしむことはないよね、だってあれもこれもそれも、二度はないんだから
「でもね」
きみは煙の坂でなんども火に巻かれていくコスモスをその度に星へ落とし、投げ上げて
花のひとつだけを身体に結んでいた、だろ、その結い方はまさかもやいじゃなく
不恰好な靴、不恰好な服、と同じぐらいぶかぶかの花輪、ゆるゆるの紐結びで
大股に走っていった、それはでたらめな遁走だったろうか
透明でありはしない水に転び、擦った頬を黄色い風に刺されながら、ヒろイン、ぱさージュ、とーイック
紙と名のつくものはすべて言葉の心房に詰めていった
天体のごっこ遊びで
疲れて眠ってしまう太陽
僕が見ようとしない、その燃え燻りがきみだった
白チョークを貸してくれ、バハマの国境を引き直すから
縦横に延ばしながら、他愛ない、の他愛とはなにか、僕は考えている
友達が風邪をひいた
僕は看病にいきたい
大丈夫! ここがシドニーだ!
「ごめんね」を白チョークでひと越えて
パンシロンを飲ませてあげる よくなった? 外へ行こう
波乱の市のバスターズになって
無許可のGメンになって
笑ってもっと
わらって
「きみに」
消火剤でまっしろな交差点、煙のなかに僕は立っている
きみはこと座のベガのあたりに座って、西海岸経由で衛星放送をキャッチしている
ちいさくって見えなくて、やがてちいさくなって見えなくなって
僕はきみに、手も振れなくなってしまう
手紙は届いた?
僕はこんど友達のひとりと結婚をして
鹿の眠る姓に入る
たくさんの星の中のひとつの星
たくさんの花の中のひとつの花
身体に結わえたきみが走って、また太平洋から明けていく夜なのだと思う
僕は学食に眼鏡を忘れたまま、きみといちどだけ眠った心室で、明けない夜に朝が殴り勝つのを
たしかにひとりで見ていたと思う
五十億年後、眠る太陽の中にきみはいて
たぶん神話になって
宇宙になって
ねえきみ、リコリス、わかってくれなくてもいい
僕は訂正しないよ
アクリルで塗った白いカラスを今日の空に放そう
編隊飛行のその後ぐらい、あいてる空の隙間があれば
伝えたい言葉が描けもするさ
きみの縫った星の針山に僕はこころにも等しい針をみつけて
白い紙にはじめようとした裁縫に最高に血だらけの約束をとなえた
訪いの浜で白チョークは尽きて、その最後のひとかけを耳栓にして、音のない部屋で僕は未来からの信号をきいていた
五十億年後
のきみから僕へ
元気でいますか
元気でいますか
いま、いまは五十億年後? 五十億年前?
わからないけれど、ぼくはあの日のことをみている
心室のドアが閉まるとこ
「じゃあね」信号終わり
ひとは古びていくようだった、思い出だけが老いていくようだった
魂の火、とは鎖を外された記憶が喜びのうちに一瞬光ることのようだった
その星にも似た光点のいくつかをまとめて、褪せていくじぶんの生に歌った
二度はないもののために、どうして僕らはふたすじの涙を流すのか
僕は知りたい
最後に燃やす僕の問い、僕の言葉、その底で一瞬明るむ
いちどっきりの現在のために、長い夢の後先にいて、いま僕はそれを知りたい